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フランスと日本、2つの拠点で暮らすMayoが、
千葉の幕張、自然と都会がいい感じに調和した街に生まれました。
両親は共働きで、一人っ子だったので、
立派なおばあちゃん子に育ちました。
ひとり遊びを得意とし、音楽教員の母の影響を受け、
小さい頃から歌うことが大好きな子でした。
小学校に上がり、休み時間は友達と縄跳びをしたり、
かけっこをしたりと運動ばかりしていました。
母方の家系が教員が多かったこと、
小学校6年生の時に魅力的な担任に出会ったことから、
小6の時には自然と教員になることを目指していました。
父は普通の会社員でしたが、
小さい頃は海外旅行によく連れて行ってもらい、
父が英語を話すことができたので、
小3の時から英語の塾に通い始めました。
その塾の先生のおかげで、
英語を使うことを楽しいと感じていました。
中学に入り、父が草野球をやっていたことから、
ソフトボール部に所属しました。
小学校まで順風満帆な生活を送っていましたが、
中学の時、思春期あるあるの
女子グループトラブルの壁ぶち当たりました。
中学は、私が行っていたちょーっと田舎の平穏な小学校Aと、
地域では有名なちょっと荒れ気味の小学校Bの
2つが集まった中学校でした。
最初はその2校でクラスが別れていましたが、
段々と混ざり合うようになりました。
私の目から見ると、平穏で温かく優しかった友達が、
柄の悪い連中に侵食されていく気分でした。
そこでできた大きな女子グループ。
私はそのグループに所属しているつもりでした。
なんでって、小学校Aの時から仲がいい友達がそこに所属していたし、
私の部活のメンバーも所属していたので、
てっきり私もその仲間入りをしたと思っていたのです。
でも、なんとなく違うなと薄々気づいていたのですが、
それを視覚的に理解する瞬間が訪れました。
あれは中三の終わり、もうクラスが解体されるという時だったと思います。
そのグループでリーダー的な存在だった女子Aが、
そのグループ全員にありがとうの思いを込めた小さな手紙を書いてきました。
(ついでに言うとその女子Aは同じ部活のメンバーでした)
それで私ももらえると思っていたら、もらえなかったんですよ。
その時ですね、私がそのグループには所属していないと思い知らされたのは。
まーでも、当時の私は鈍感中の鈍感だったので、
「あーそうなのね」くらいにしか思わなかったし、
それがいじめとも思わなかったし、
その後その女子Aとは一切連絡をとっていません。
きっとその時に「負けず嫌い」が強く発動したのだと思います。
私が意味するところの「負けず嫌い」というのは、
そういうカースト上位の人間になりたい、ということです。
私の意味するところのカースト上位とは:
・勉強ができて
・運動ができて
・友達がたくさんいること
つまり、
・たくさんの人に囲まれている幸せそうな人
のことです。
端的にいってしまえば、
・有名人になりたい
ということです。
高校の時、ちょースパルタの塾の先生の授業を受けていました。
そのほかにもいろいろな尊敬できる先生に出会ってきましたが、
その塾の先生の言葉で一番覚えているのは「本能に従え」でした。
その人は、幼い頃に両親を亡くし、
大変な生活を送ってきたそうです。
(詳しいことは忘れました)
「本能に従うためには、それが本能だと気づく必要がある。
自分のやりたいことを何も考えずにやってみることで、
それが本能に従うことになる」そうです。
本能は理屈じゃない。
私はその先生と出会って、
幼い頃に両親を亡くして苦労しているのに、
・バイオリンが弾けて
・英語のレベルがめちゃくちゃ高くて
・知識量も半端じゃなくて
・結婚して子供もいて
・好きな時に海外に飛んでいける
とにかく羨ましかった。
そんな人になりたいと思った。
その先生はじめ、私が尊敬する人、すごいと思う人はみんな、
幼い頃に苦労をしている(それも相当)
という共通点を見つけました。
また、有名人になりたい話に戻りますが、
有名人は有名人と友達ということにも気づきました。
だから、手っ取り早く有名人になるには、
有名人と友達になればいいのだとも思いました。
(私はかなり打算的に生きているのです)
でも私の人生を振り返った時に、
両親は共働きでお金も十分にある。
地位も悪くない。
親戚に犯罪者もいない。
…平穏平和な人畜無害の周りだったのです。
じゃあどうしよう。
「3歳の時に両親を亡くし…」なんていう
悲しいストーリーを経験するには遅すぎた。
「中学時代にひどいいじめを受け…」というのも、
鈍感すぎて、いじめって気づかなかったんですから!
じゃあどうする?
そしたら、自分から不幸や苦労を買って出るしかない!
と思ったわけです。
そこで大学時代に、
危険を見つけるなら海外だろうと思い、留学をしました。
オレゴン国際インターンシッププログラムとして、
現地の高校生に日本語を教える。
そこからは、少し純粋に海外に興味が出たことと、
私はカーストの上位に行きたかったので、
大学の成績も頑張りました。
そこで選ばれた人たちだけが行ける、
タイ・バンコクで開催された「第8回 大学奨学生リーダーシップシンポジウム2017」に参加。
国際基準のSDGsについて、世界各国の学生たちと意見交換。
同インターンシップにて現地の人々と川を整備するボランティアにも参加。
この時、ボランティアの良さに気づきました。
単純に楽しかったし、お礼を言われて嬉しくない人はいないですよね。
ここからは少しとんとん拍子。
在日アメリカ合衆国大使館主催「Global Talk 2018-2019」プログラムに参加。
アメリカの学生とオンラインで語学交流。
大使館と仕事をする機会に恵まれました。
これも、カースト上位に行くため。
ここから「カースト」よりも「レッテル」が好きになりました。
レッテルをたくさん持っている、
集めることが楽しくなってきました。
私は中学の時からオタク気味ですが、
昔から物を集めることが好きでした。(母の影響)
それが物体から、自分の肩書きコレクターに変わったのです。
八千代市立萱田小学校教諭
外国語科・外国語活動 主任
SDGs推進担当
これは、大学ストレートで公立小学校に受かるという
私の「欲しかったレッテル」です。
校内でも「価値のある人間になりたい」と思うようになり、
いろいろな担当を引き受けました。
さらに、USLSからのオファーもあり、無理を言ってもう一度参加。
マレーシア・クアラルンプールで開催された「第10回 大学奨学生リーダーシップシンポジウム2019」に参加。
ここから、管理職との距離も縮まり、
「早く出世できるかも」という思いも少しありました。
しかし、実際現場に出てみると、
上にいるのが能力の高い人だけとは限りませんでした。
教育実習に行った先の学校では、教頭・校長のポンコツ具合、
職員室の息苦しさで窒息死するかと思いました。
(この時はスーパー教務が実力者だったので、学校が回っていました)
東京2020オリンピック・パラリンピックにボランティアとして参加
これはオリンピックが決まった時からやりたかったことでした。
なぜか?「人に自慢できるから」です。
ここから「カースト → レッテル → 他人に自慢できる」へと価値基準が変わっていったと思います。
こんな書き方をすると、腹黒くて中身真っ黒なひどい人だなと思われるかもしれませんが、
結局一周回って、これが自分の存在価値の証明になるのです(私にとって)。
確か、あれは中学の時だったと思います。
母は私のお年玉を貯金してくれていました。(と思ってました)
高校に上がる時だったか、中学の途中だったか、
「もうお小遣いももらってるから、自分でお金を管理したい」
と言って、
母が持っていた私の口座(通帳)をもらったのです。
そこで目の当たりにしたのは――
今まで貯めてきたはずのお年玉貯金が、
ほとんどなかったということ。
(今思えば定期預金にしていたのかもしれませんが、
当時は当座預金の欄しか見ていなかったので、
ほとんど残高がないことがショックでした)
私のお年玉がどこに行ったのか、確認する勇気もなく、
私の両親への信頼は一気に崩れました。
「あー、結局のところ親も他人なのだ」と。
ここからまあ色々と上記書きましたが、
私の存在価値、存在意義の証明が始まったのです。
打算的で冷たい人間のように見えるかもしれませんが、
やはり、自分が生きている、
存在している意味を皆に示したいのです。
私が数十年間生きてきた証をどこかに残したいのです。
誰かの記憶の中ではなく、紙で、紙面で、文字で、
形の残る形で残したいのです。
私は、所詮人なんて完全な善意はないと思っています。
みな、結局のところ打算的に生きているのです。
でもそれを見せると外聞が悪い。
だからみんな、綺麗なストーリーを作るのです。
みんな腹の中ではどう思っているのか知りませんが、
私は、私の幸せのために行動します。
ボランティアも、「人の役に立っている自分」「感謝される自分」が好きだからやっているのです。
中には、
「仕事量多いのに無償なんて馬鹿みたいだ」
とお金を気にする人もいますが、
私は、そこに集まる人も好きです。
また、有名人やお金持ちはよくボランティアしますよね?
でもそれって、結局は「素敵〜って思われたい」からだと思うんです。
でも、最近の世の中で、同じことをしたときに
・お金をもらってやった仕事
・ボランティアとしてやった仕事
だと、「すごいね」と言われるのはボランティアのほう。
ボランティアのいいところは、
簡単な審査で、まあまあいい仕事・経験ができること。
それでお金をもらおうと思ったら、
準備がけっこう大変なんですよ。
でもボランティアなら、
お金もらってないからこその気軽さがあるし、
頑張っている自分を、自分で称えられると思うんです。
そして、意外と仕事量は少ない。
時給もらってAmazonの工場で始業から就業まで働くより楽です。
全然関係ないこと書きましたが、
一言で言い表すなら、
「本能に従って、自分が自分で自信を持てる自分になる」
ために、いろいろやっています。
つまり――
究極のエゴイストです。
自分が好きな自分になりたいんです。
以下2つは、フランスで収入を得るために見つけた仕事です。
フランス・トゥールの日本語補修校にて講師
オンライン・スコラボにて講師
これは、両親に対して「海外でも働ける」と証明するために使おうと思っている話のネタです。